日時:2022年6月18日(土)13:00-16:00 (懇談会16:00-17:00)
*Zoomによるオンライン開催
1.研究発表とディスカッション 13:00-14:45
発表者::太原達朗(早稲田大学)
題目:TOEICerはなぜTOEICを何度も受験するのか:複線径路・等至性アプローチを用いた分析
概要::2010年代の日本において, TOEIC® (Test of English for International Communication) Listening & Reading Test(以下TOEIC)の受験者数は増加してきた(IIBC, n.d.)。企業が求職者や社員にTOEICスコアを求めたり, 推奨したりするケースがある。大学でもTOEICをプレースメントテストとして採用したり, TOEICスコアを単位認定に利用する場合がある(例:In’nami & Koizumi, 2017)。TOEICスコアを必要とする人が増える一方で, 特定のテスト使用目的が無いのにも関わらず熱心に何度もTOEICを受験する, いわゆる「TOEICer」という人々が存在する。特に海外ではテストはスコアが必要な時に受験するのが一般的であることを考えると, 日本におけるこのTOEICの複数回受験は特異な現象である。TOEIC受験者がTOEICerになる背景を明らかにすることで, 日本人とTOEICの関係だけではなく, 日本人と英語テストの関係(例:江利川, 2011), さらには日本人と英語の関係(例:北村, 2011; 寺沢, 2015)をより理解することが期待される。そこで本研究は, TOEICerがなぜ, どのようにTOEICを複数回受験するに至ったかを調査する。
本研究は複線径路・等至性アプローチ (TEA; サトウ, 2009)を採用し, 日本社会における文化的・歴史的背景に当てながらTOEIC複数受験に至るまでの要因を探索する。本研究の参加者は1名の複数回TOEICを受験した経験を持つTOEICerである。インタビューは計3回実施し, 参加者に初めての英語学習の経験からTOEICの複数回受験に至るまでに経験した出来事を述べてもらった。1回目のインタビューを基にその径路を図示したTEM図を作成し, 2回目以降のインタビューでは参加者にその図を見てもらいながらさらに質問を行い, 場合によっては図の修正を行った。研究会当日はインタビューの分析結果や解釈について, 参加者の皆様と議論を行う予定である。
(休憩10分)
2.論文に基づくディスカッション 14:55-15:55
ファシリテーター:髙木亜希子(青山学院大学)
題目:質的研究において研究者の主観や対話をどのように活かすか
沖潮(2020)論文に基づき、質的研究における主観と対話について考察します。本稿の目的は、質的研究において、研究者の主観や対話を用いた研究がいかにして研究たりうるか、その可能性を明らかにすることです。そのために、(1)質的研究は研究である、(2)研究者の主観をデータにした「研究」は研究でありうる、(3)対話で得られたデータに基づく「研究」は研究でありうるという3つの命題について認識論に言及しながら、段階的に明証しています。外国語教育分野の研究過程や論文執筆において、研究者の主観や対話をどのように活かすべきか、参加者同士のディスカッションを通して理解を深めます。
事前課題:『質的研究における対話の可能性―方法の探究』(沖塩,2020)を各自ダウンロードし。事前にお読みください。読んでいることを前提に、グループに分かれてディスカッションを行います。(論文の解説は行いません。)
論文のリンク:https://cir.nii.ac.jp/crid/1050285700277104512
(休憩5分)
3. 懇談会 16:00-17:00
本日の研究会の内容、皆さまの近況などについて、自由に情報・意見交換をします。各自飲み物等をご準備ください。
日時:2022年9月3日(土)13:00-16:00 (懇談会16:00-17:00)
*Zoomによるオンライン開催
1.研究発表とディスカッション 13:00-14:20
発表者:髙木亜希子(青山学院大学)
題目:質的研究におけるテーマ分析の理解を深めるーBraun & Clarke(2006,2022)のreflexive thematic analysisに着目して
概要:本発表の目的は、Braun & Clarke(2006, 2022)が提唱するreflexive thematic analysisに関する概念を整理し、言語教育・応用言語学分野の主要国際学術誌に出版された92論文におけるテーマ分析の取り扱いを分析することで、質的研究におけるテーマ分析のあり方について考察することである。
心理学者Braun & Clarke(2006)による論文 “Using thematic analysis in psychology”は、2022年4月現在、Google Scholarにおいて12万4千件以上で引用されており、様々な分野でテーマ分析の手法として広く用いられている。しかしながら、彼らは、研究者の立ち位置の違いにより、3つのタイプのテーマ分析(coding reliability, codebook, reflexive)を区別し、本論文が誤った解釈で引用され、主に10の課題があることを指摘している(Braun & Clarke, 2020; Braun, Clarke, & Hayfield, 2019)。Braun & Clarke(2006, 2022)のテーマ分析は、解釈的・再帰的プロセスであり、コーディングはオープンで、枠組みは使用しない。
Journal Citation Report 2020の言語学分野上位30誌のうち、応用言語学・言語教育に関する学術誌17誌を検索したところ、11誌92論文でBraun & Clarke(2006)が引用され、テーマ分析が行われていた。論文の内訳は、質的研究が63編、混合研究が29編であった。どのようなデータが用いられているか、3つのタイプの混同はあるか、コードとテーマ、またはトピックとテーマの混同はあるか、“themes emerged”という表現が使われているか、という観点から分析したところ、約4割の論文に何らかの課題があることが明らかになった。
本発表は、2022年6月に中部地区英語教育学会で発表した内容に基づいているが、具体例を加えることで、参加者の皆さんにテーマ分析への理解を深めていただくことを意図している。
(休憩10分)
2. 研究発表 14:30-16:00
発表者:上條武(立命館大学)
題目:英国大学院課程L2学生アカデミックエッセイ議論の構成: Reflexive thematic analysisによる探索的調査
概要: 大学院や大学におけるアカデミックなエッセイアサイメントはエビデンスベース(Evidence-based)と言われ、L1, L2学習者は学術文献を使用してエッセイを作成する。なかでも議論形式エッセイは成績にも比重が高いアカデミックワークであり、プランニング、文献の選別、評価、適応による議論の構成が関わっている。さらにアカデミックコミュニティへの知識変換の目的にもとづくアカデミックアイデンティティ形成も必要とされる。
発表者は2017年から2018年に英国大学院課程で学外研究としてL2学生のエッセイアサイメントの作成に関する研究を行い、分析手法ではBraun & Clarke (2006, 2019)のReflexive thematic analysisを採用した。始めに帰納法でデータのコードを整理した後、そこから最適と考えられるカテゴリーの分類をした。その後には期間を費やして複数のコーディングサイクルによりデータの解釈と文献のすりあわせから、分類したカテゴリーの再評価を行い、テーマの絞り込みをした。
2019年から2020年にかけてデータ分析と理論化の過程において参照した主要な4つの文献はRouet and Britt (2010) によるMultiple Document Comprehension model、Cumming, Lai, and Cho (2016)が提唱したWriting from sourcesのレビュー分析結果、Wingate (2006, 2020, 2021)によるエビデンスベース議論文エッセイ作成、Maguire, Reynolds, and Delahunt (2020)によるリーディングとemergent academic identitiesであった。
主要な文献の内容を評価する中で、Wingate (2006, 2020, 2021)とMaguire, Reynolds, and Delahunt (2020)がより合うことがわかった。これら理論的な枠組みをもとに、大学院でL2学生がエビデンスベースエッセイ作成をする認知、社会文化的なプロセスを調査した先行研究を選別してからLiterature Reviewを行い、最終的には学術的な議論の位置づけにより論文にまとめることとなった(Kamijo, 2022)。
このような探索的なデータ分析をさまざまな文献に参照させて理論化を試みる質的研究のアプローチでは、Braun & Clarke (2006, 2019)のReflexive thematic analysisはきわめて有効であった。研究データ分析と評価の実例とともにこの研究手法がいかに質的研究に適応性、有効性があるかについての発表を行う。
日時:2023年3月12日(日)9:00-12:00
*Zoomによるオンライン開催
1. 研究発表 9:00-10:40
発表者:山本裕也(ニューヨーク州立大学バッファロー校)・髙木亜希子(青山学院大学)
題目:英語科教員養成課程履修生の批判的思考力とその教授法に関する経験と認識
概要:本探索的事例研究は、中学、高校、大学の英語授業及び教員養成課程における批判的思考力の育成とその方法論に関して、英語科教員養成課程履修者の認識と経験について調査したものである。英語教育において批判的思考力を育成する試みは様々な文脈で行われてきたが、日本では十分に実践されているとは言い難い。また、日本の中学、高校、大学の英語教育において、批判的思考力がどの程度明示的に教えられ、育成されているかについての研究はほとんどない。したがって、本研究では日本の文脈での批判的思考力の育成のあり方を考察するために、英語科教員養成課程の履修者の視点から現状について把握することとした。質問紙調査では記述統計を用い、またフォーカス・グループによるインタビューデータはBraun and Clarke(2006, 2022)のreflexive thematic analysisに基づいて分析を行なった。分析の結果、教師が日本人英語学習者の批判的思考力の育成を支援することの重要性と、英語科教員養成課程において批判的思考力の教授法に関する明示的な指導を受けたいという学生の要望に応える必要性があることが示された。
(休憩10分)
2. 話題提供とディスカッション 10:50-12:00
話題提供者:髙木亜希子(青山学院大学)
題目:活動家(activist)としての研究者:私は、何のために研究をしているのか
概要:私たちが研究活動において、どの認識論に立ち、どの方法論を選択するかは、各自の信念や価値観に依拠する。しかし、信念の強さや価値観の認識の度合いについては、人それぞれである。Kara(2022)は、研究の方法論を実証主義(positivist)、現実主義(realist)、構築主義(constructionist)、解釈主義(interpretivist)、変革主義(transformative)の5つのタイプに分けた上で、変革主義の方法論が、社会における権力の不均衡や不平等を是正したいと考え、抑圧されたり疎外されたりした人々によって発展してきたことを示した。その中で、活動家が研究者になる場合や、研究者自身が活動家である場合もある。一方で、「全ての研究者は活動家である」(p.31)という考え方もでき、どの認識論に立ち、どの方法論を選択したとしても、中立ではありえず、研究者としてのリフレクシビティが重要となる。そこで、本セッションでは、各自がどの認識論になぜ立脚し、何のために研究をしているのか、あるいはしようとしているのかを振り返っていただくとともに、自分と社会との関わりについて考え、参加者同士で共有することで、あらためて自身の研究者のあり方について考える機会としたい。